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手紙:2016-01-29

リラックスと瞑想

緊張と交感神経

皆さんは本番に強い方ですか?何かの発表の場、受験、仕事の正念場などで、「あんなに準備したのに一番大事な時で失敗した」そんな苦い経験は誰でもあると思います。スポーツは結果がわかり易く、ここぞと言う時に必ず成功する人と、そうでない人の傾向が分かれます。能力と練習量が一緒なら、差が出るのは本番での強さ、それは緊張であがる事が大きな要因でしょう。

緊張すると、手足が冷たくなり心臓がドキドキしてきます。これは交感神経が自動的に働いて、血管を収縮させ、鼓動を早めている為です。寒い冬、手足が冷えるのも交感神経の働きです。心身共々生命が危機を覚えるような時、働き出すのが交感神経です。また、一旦冷えたり、緊張すると、手足が長い間冷えたままになる人は、交感神経が優位に働くタイプの人です。

今、個人能力を発揮して社会で働く現代人にとって、良い緊張と不必要な緊張があるとわかってきています。心理的要因を切り離して、目的に集中できる場合と、そうでない場合です。交感神経は命を守ったり、集中する時に必要不可欠で、人類において特に発達した素晴らしい神経です。しかし、コントロールしにくく、過剰に働くと自律神経失調症や、物事を失敗する原因にもなりかねません。健康維持や実力発揮の為にも、交感神経と上手に付き合う方法は無いのでしょうか?

そこで最近注目されているのが「瞑想」です。瞑想が真に成功すると、知的能力が高まり、自分をコントロールし易くなる事が、データ的にわかってきました。今回は科学的知識と、密教的な知識を照らし合わせ、瞑想を成功させる秘訣を考えていきたいと思います。

一生懸命と交感神経

交感神経の一般的な働きは、戦闘、攻撃、防衛の時、個体を守る為に体を緊張させ、準備をします。これらの意識は、恐怖感情と結びついているので、心は緊張していて、体を硬くする状態を生み出します。それはエーテル体(気の流れ)が周囲のエネルギーに抵抗する体勢となるので、あらゆるエネルギーをはね除けてしまいます。

同じような状態になる意識活動がもう一つあります。一般的には美徳の「一生懸命」は、心が一つの事に捕らわれ、一種の興奮状態になるので、交感神経が働きます。感情は脳の知的集中に影響し乱すので、知性が正しく働きにくくなります。

「一生懸命」と言う情熱的な意識は、嬉しさなどのポジティブな興奮でも、恐怖などのネガティブな緊張でも、前頭葉の知的集中を邪魔する傾向があります。私達は知性より感情の方が発達しているので、感情が知性の集中をかく乱するのです。感情は悪いものではなく、魂がより強く働くようになれば、魂に沿った意識を表現できるようになります。しかし初期段階では、勝手な暴走をしがちなので、感情は知性と分離し、知的に集中する訓練をしなければなりません。

魂は人格を支配する

私達は感覚的緊張と知的集中が区別できず、「一生懸命=考えて目的に集中する事」だと勘違いする傾向があります。情熱を込めて集中すると、交感神経型になり、手足が震えたり、思考が混乱して、判断が狂ったり、実力が発揮できなくなるのです。ではどうしたら真の集中ができるようになるのでしょうか。瞑想は何故交感神経の支配と関係があるのでしょうか。

交感神経と副交感神経のバランスは、瞑想や祈りの成功と深く関係しています。瞑想が成功すると、魂エネルギーが人格に流れ込み、自分を支配し、目的に向かって能力を発揮し易くなるからです。つまり自律神経のバランスが自在に取り易くなるのです。

瞑想は一般人に関係ないと思われがちですが、西洋社会では脳に対する良い影響が証明され、日本でも仕事の効率を上げる為、研修で座禅を取り入れる会社が増えています。瞑想すると前頭葉の働きが強くなり、人格が支配し易くなるのです。

前頭葉は人格と自律神経の支配を担当するチャクラ(霊的力の焦点、アジナー)と関係があります。発達すると自分をコントロールする力が強くなるのです。感情や感覚などを区別し、これらを切り離したり、融合させたりする事もできます。つまり、魂エネルギーが強くなると、人格を自由自在に使いこなし易くなるのです。私達が自分を扱うのに苦労するのは、魂の支配が発展途上だからです。

瞑想に必要な状態

さて、瞑想には、体と心のリラックスが必須です。真の知的集中や瞑想状態は、交感神経を抑える副交感神経が働き、体や心が緩んで平静な状態が適しています。良いひらめきは風呂に入っている時や、公園でボーっとしたり、散歩している時などに生まれる事は良く知られています。

更に瞑想を成功させる為には、知性も特定の事や目的に集中せず、脳が鎮まっている状態を創る必要があります。脳が魂エネルギーを知的(感覚的受動ではなく)に受動できるように、意識的平静さが大切なのです。個人的な意識活動で、脳が占領されていない状態、これが瞑想に適した真のリラックスです。

瞑想する時、よくある事なのですが、悟りたい、神を見たい、魂に一生懸命集中しなければならない、自分を捨てよう、集中してエネルギーを受ける…などと思っていると、瞑想は失敗します。このような意識活動は全て背後に「できなかったらどうしよう」と言う恐怖や、瞑想の勝手なイメージ、プライドが関係していて、脳が興奮し易くなるからです。結果的に瞑想を練習しているのに、魂のエネルギーを跳ね返してしまい、瞑想にはなりません。魂と交信しようとしているのに、皮肉な事に「私」が何かを懸命に思い、エネルギーをはね退ける壁を作って、拒絶する事になるのです。これで入ってくる情報は、魂ではなく、自分や他の人の妄想や個人情報に過ぎません。

 

魂の特性は愛です。これは個人的な事情や考え方を越え、人類全体、生命全体からの見地が必要です。つまり私達は元々一つの命を分かち合っており、偉大なる地球生命と繋がっているのです。信仰心とは、この真理に意識的に気づく事であり、瞑想はその「安心感」から始まるべきです。「私はダメで、魂と繋がっていないから、瞑想しなければならない」とか、「魂を呼び込んで、より優秀な人物になりたい」と思いながらするのは、分離した個人の世界を創ってしまいます。

これらを一生懸命願って瞑想しても、個人的な思いの壁が自分を覆ってしまうので、元々繋がっている線を遮断する事になりかねません。瞑想はあらゆる個人的な事情から離れ、全体の中に戻る愛が求められます。だからこそ、瞑想の時には一生懸命な熱誠や、あれこれ飛び回る欲望から離れる必要があります。更に、自分がどんな状態でも、思い切って自分を切り離し、全体の命の中に身を委ねる事が大事でしょう。

緊張とリラックスのバランス

リラックスとはどんな時に生まれるでしょうか。一日を精一杯生き、過ちや失敗があっても、できる事はやったと言う充実感、自分なりに人の為に誠意を尽くしたと言う満足感を得た日の終わりに、安心して緊張を解除した時でしょう。緊張は、活動する為に必要な意識活動です。そして緊張の後には、全ての集中や欲望を解除して、神に戻る時が必要です。これが意識的瞑想の時間であり、真の喜びはここから得られるのです。

リラックスや瞑想は、交感神経が働く充分な活動があってこそ成功します。反対に活動ばかりすると、どんなに有能な人物でも、霊的に成長する事はできません。その人は魂が人格を成長させる事を知らないので、謙虚さや信仰心が不十分になり、祈る必要を知らないのです。どんなに優秀で結果を出せても、ただ忙しく、同じ能力を使って同じ種類の活動を繰り返しているに過ぎません。そして、全ての人は魂と繋がっていますが、意識的に向き合う事が大切なのです。

実際的には瞑想で自分から離れる練習をしていれば、次第にあがり症も克服できるでしょう。自分から離れれば、心配や恐怖による緊張は薄らぐからです。自分で自分を守る事をやめ、自分から離れると、愛があなたを支えてくれるようになります。魂の愛があなたの改善を手助けし、多くの人に尽くす事が喜びとなるでしょう。

人々の為に、精一杯働いて活動して下さい。そして(瞑想などにより)自分から離れる時間も大切にして下さい。人は一瞬にして変わる事はできません。忍耐強く、少しずつ、しかし確実に続ける事で変わっていきます。間違いや失敗は、気づいた時に訂正し、一歩ずつ、階段を登りましょう。その積み重ねが、人の使命を教えてくれる鍵となるのです。この文章を実生活の中で、生かして下さる方がいる事を願います。

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