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手紙:2020-01-10

愛と健康

習慣と意識

密教の文献に、「将来の医学は栄養学と予防医学が主体になる」と予言されています。私達は既に今、この言葉が実現された時代に生きており、日本では食品の栄養と効能や健康的な食事について、数々の情報がテレビやネットで紹介されています。

同時に、病院や地域社会では、病気にならないよう「生活習慣病」を事前に防ぐ様々な指導と取り組みが成されています。しかし、このような取り組みをしている医療関係者から、次のような意見が寄せられています。「どんなに指導しても、結局習慣が直せない。それはその人の心や意識の問題だ」「習慣は意志が弱いと直せないので、健康問題は単に肉体の問題ではない」と言うものです。つまり、病気を引き起こす悪い習慣は、意識が改善されないと直せないと言うのです。つまり、病気は意識が強く関係していると言えます。

昔から「病は気から」と言いますが、意識活動が病気を作る大きな原因である事は、もはや特別な知識ではなく、多くの人が理解するようになりました。今回は、病気の原因について、別の角度から分析し、意識活動の改善を提案したいと思います。

エーテル体の特質

民族や国、人類と言った大きな問題を除くと、個人の病気が発生するには、次の三つの体(たい)が関係しています。

①肉体の性質 ②エーテル体=気の流れ(健康のオーラ) ③意識活動

この三つに異常が揃うと病気が発生します。反対を言えば、どれか一つが正常に保たれていると、病気は発生しにくいと言えるでしょう。しかし、意識活動の影響は最も強く、最大の原因となります。何故なら、この三つの力を比較すると、肉体は「1」、エーテル体は「5」、心が「25」、知性は「125」の違いがあり、意識活動は、肉体より遥かに強い力があるからです。心と知性の意識は、肉体に決定的な影響力を与えるのです。

例えば、暴飲暴食は、ストレスや欲望の暴走から起こる事が多いので、根本的には心や考え方を改善しないと直す事ができません。また生活を規則正しくするには、体の怠惰性や習慣を支配する意志が必要になります。健康状態は自分を改善する意識が関わっている事、それらが肉体に強い影響がある事は明らかです。

ところで「病は気から」には、「気=エーテル体」を説明する一つ違った観点が含まれています。エーテル体は「心の次元」とは違うので、理解するには新しい概念が必要です。エーテル体は、東洋では気の流れと言われ、「風」「空気」で象徴されるように、世界中を自由に移動し、混ざり合う性質があり、境や制限がありません。

エーテル体は、個人的な魂、知性、心のエネルギー、更には場所、人、国や民族の影響、気候、地球や惑星のエネルギーなどが、全て着地して混ざり合い、肉体に浸透するものと考えて下さい。エーテル体は、高低のあらゆるエネルギーが出会い、通信、合流する場だと言えます。たとえ感じてない、意識してない場合でも、人はエーテル体を通じて、あらゆる人や環境、次元から影響を受けているのです。

そこで、極論を言えば、エーテル体の流れが常に一定していて、浄化されていれば、肉体は病気になりにくいと言えます。風や水の流れのように、流れの速さと透明度を維持する事ができれば、外部からの悪影響も、自分の暗い意識活動も、エーテル体で流してしまえば、健康的な状態を保つ事ができます。未来の健康は、エーテル体を正しく認識する事が土台となるでしょう。

循環と健康

ある医師は「質の良い血液を、末端まで滞る事なく流す事が健康の究極的秘訣だ」と説いています。この秘訣は、「質の良い血液」と「循環」が鍵と言えますが、循環とは、まさにエーテル体の流れが投影します。そして血液の質は、霊の象徴で、食べ物や運動のみならず、魂からの高度なエネルギーが投影します。

実際の血液循環は、愛の座である胸の心臓が支配していますが、その質を決定するのは、愛の状態です。愛は魂の特質で、「進化にとって良いもの」を分配する博愛、救済、協力、善意、浄化をモットーとしています。血液循環により、全ての細胞が繋がり、維持されているように、人類や地球生命が繋がっている事を実感している人は、魂の愛に目覚めている人です。そして互いに良いものを与え合って交流する、持てる力を分かち合う人は、質の良い血液のように、進化にとって良いエネルギーを周囲に分配する事ができます。これが結果として良質でスムーズな循環を生み出すのです。

昔からどの宗教や道徳でも、できる限りの分かち合いや助け合いが教えられているのは、意識の進化と健康に、重要な意味があるからです。その為には、世の中人や自然環境の中で、問題や改善が求められている事、どのような救済や協力ができるかについて、敏感でなければなりません。年を取る毎に、肉体の力は弱まり、累積された意識の影響が強く表れます。反対にだからこそ、年を取って初めて、愛と健康の関係を考え、反省できるとも言えるのです。

流れと謙虚さ

人間の歴史は長い間闘いの歴史でした。その習慣の為に、私達は自分の同朋や、必要な存在を、敵と見なして攻撃する性質があります。このような意識活動が長年続くと、免疫異常が起こり、自分自身と必要なものまで攻撃する病につながりかねません。また、何かの信条や自分の考えに固執すると、流れが分断されて渦が生じ、行き場の無いエネルギーが溜まっていきます。これは鬱血や腫瘍など、様々な疾患の原因になるでしょう。

また、健康な意識活動には、謙虚さが必要です。人間がどんなに素晴らしい考えを持ったとしても、魂の高度な愛に比べれば、稚拙で狭いものです。全ての正義、信念、思想は、必ず限界があり、それは破壊されて広がって行かなければなりません。つまり、何事も余り固執せず、断定せず、やがては変化していくものと知っておく事が大切です。魂でさえも、進化の途上にあり、留まっているものではありません。このような認識が、人に謙虚さを与えます。私達は謙虚であれば、何かに固執する事なく、常にエネルギーを循環させて流す事ができるはずです。

さて、真の謙虚さとは、理解から生まれます。態度だけへりくだって、言葉で遠慮していても、意識の中で愛が理解されていなければ、自然な分配や循環は起こりません。まず自分を守り、欲しい分だけ過剰に確保した後、余った範囲で分配するのは、真の循環とは言えません。

ここまで考えると、今の私達にとって、いかに循環が難しいかがわかるでしょう。また、その壁を取り除き、できる限り与える事が、どんなに勇気がいる事かも理解できます。それがいかに難しいかを知っているからこそ、人を裁く事はできないと、謙虚にもなるのです。

それでも人類は確実に分かち合いの方向に向かっています。私達は愛がどんなに重要か、本当は知っているからです。失敗しても、わからなくても、毎日実験し、昨日より良いものを多く分配できるよう挑戦し続けようではありませんか。

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