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手紙:2022-04-08

リラックスと瞑想

緊張と交感神経

皆さんは本番に強い方ですか?何かの発表の場、試験、仕事の正念場などで、「あんなに準備したのに、大事なところで失敗した」そんな苦い経験は誰にでもあると思います。例えばスポーツの試合では、その状態がわかり易く、能力と練習量が同じなら、差は本番での強さ、それは緊張の度合いが大きな要因でしょう。

緊張すると手足が冷たくなり、心臓の鼓動も速くなって、時には体が震える場合もあります。これは交感神経が自動的に働いた結果です。心身共々生命が危機を覚えた時、戦闘態勢や自分を守ろうとする時、働き出すのが交感神経です。生命を守る為には必要な反応ですが、その後緩和できないと、自律神経が乱れて病気になったり、本番で度々失敗する原因にもなります。

個人能力を発揮して社会で働く現代人は、精神的に様々なストレスを受けるので、緊張の連続です。緊張といかに付き合っていくかは、成功する為、また健康を維持する為、私達のテーマとも言えます。

交感神経は神が創った優れた神経系の一つで、人間の高度に発達した活動に反応して働く役目があります。しかし、私達は未熟な為、まだ交感神経を完全にコントロールできません。対処療法で、アロマや入浴など色々な方法が紹介されていますが、今、注目されているのが「瞑想」です。瞑想が真に成功すると、健康が与えられるだけでなく、知的能力が高まり、自分をコントロールし易くなる事がわかってきたのです。今回は科学的知識と、密教的な知識を照らし合わせ、瞑想の効果や成功させる秘訣を考えていきたいと思います。

一生懸命と心的集中

交感神経の一般的な働きは、戦闘、攻撃、防衛の時、個体を守る為に体を緊張させ、準備をします。これらの意識は、恐怖感情と結びついているので、心は緊張していて、体を硬くする状態を生み出します。これはエーテル体(気の流れ)が周囲のエネルギーに抵抗する体勢となるので、あらゆるエネルギーをはねのける状態を作ります。

同じような状態になる意識活動がもう一つあります。一般的には美徳である「一生懸命」です。一生懸命な状態は、心が一つの事に捕らわれ、他の事をはねのける心的集中が起こるので、交感神経が働き出します。これは脳が知的集中しにくい状態を作ってしまいます。

「一生懸命」と言う情熱的な意識は、嬉しさなどのポジティブな興奮でも、恐怖などのネガティブな緊張でも、前頭葉の知的集中を邪魔する傾向があります。私達は知性より感情の方が発達しているので、感情が知性の集中をかく乱します。感情は悪いものではなく、魂がより強く働くようになれば、魂が感情を支配し、バランス良い表現ができるようになります。しかし、そうなる為には、まず感情と知性を区別し、知的に集中する訓練をしなければなりません。

私達は感覚的緊張と知的集中が区別しにくく、「一生懸命=考えて目的に集中する事」だと勘違いしている事が多いようです。情熱を込めて集中する事は、一見良い事のように感じますが、交感神経が過剰に働き、判断が狂ったり、かえって上がったりするのです。そこで、まずは一生懸命になる自分を発見し、心理的集中と知的集中は違う事を理解する識別が重要です。この区別がつかないと、考える度に感情を強めてしまう反対の現象が起こってしまいます。

瞑想と神経バランス

交感神経と副交感神経のバランスは、瞑想や祈りの成功と深く関係しています。瞑想が成功すると、魂エネルギーが人格に流れ込み、自分を支配し、目的に向かって能力を発揮し易くなるからです。更に健康的には、自律神経のバランスが自在に取り易くなり、強靭な健康が与えられるでしょう。

瞑想は、今まで一般人に関係ないと思われてきましたが、西洋社会では、瞑想が脳に与える影響を研究し、様々な効果が証明されてきました。日本でも仕事の効率を上げる為、研修で座禅を取り入れる会社や学習塾が増えています。瞑想すると前頭葉の働きが強くなり、集中力が増して、心や体に煩わされずに、物事に取り組む事ができるからです。

前頭葉は知的活動を司り、人格と自律神経の支配を担当するチャクラ(額の中心にあるアジナー)と関係があります。純粋に考える理性を強化するので、感情や感覚を知性と区別し、これらを切り離したり、融合させたりする事もできます。つまり、瞑想で魂エネルギーが強くなると、人格を自由自在に使いこなし易くなるのです。

今、一般市民の感性は鋭敏になり、心理的にも健全に発達した為、とうとう知性を強化する段階に入りました。瞑想が、宗教ではなく知的階級の人々から多くの人に広まり始めたのは、私達に必要なものになったからです。社会的にも、多くの人が何等かの能力を発揮し、自分を表現する必要がある為、一般市民にこそ、魂の力が必要になったのです。

瞑想の準備状態

さて、瞑想には、体と心のリラックスが必須です。交感神経と副交感神経がバランスを取り、体や心が穏やかに保たれている状態です。更に、知性も特定の事や目的に集中せず、脳が鎮まっている状態を整える必要があります。脳が魂エネルギーを知的(感覚的受動ではなく)に受動できるように、個人的な意識が脳を占領していない状態、これが瞑想に適した真のリラックスです。

瞑想する時、よくある事ですが、悟りたい、神を見たい、魂に一生懸命集中しなければならない、自分を捨てよう…、などと思っていると、実は上手くいきません。このような意識は全て背後に「できなかったらどうしよう」と言う恐怖や、瞑想の勝手なイメージ、欲望に満ちたプライドが働いているので、魂のエネルギーを撥ね返してしまいます。この状態で入ってくる情報は、魂ではなく、自分や他の人の妄想や個人情報に過ぎません。

魂の特性は愛です。私達は元々一つの命を分かち合っており、偉大なる地球生命と繋がっているのです。信仰心とは、この真理に気づく事であり、瞑想はその「安心感」から始まるべきです。「私はダメで、魂と繋がっていないから、瞑想しなければならない」とか、「魂を呼び込んで、優秀になりたい」と思っていると、分離した個人の世界を創ってしまいます。

これらを懸命に願って瞑想しても、思いの壁が自分を覆うので、魂との繋がりを遮断する事になりかねません。瞑想はあらゆる個人的な事情から離れ、全体の中に戻る愛が求められます。思い切って自分を切り離し、全体の命の中に身を委ねる事が大事でしょう。

日々の奉仕と瞑想

さて、日々の生活でリラックスとはどんな時に感じるでしょうか。一日を精一杯生き、過ちや失敗があっても、できる事はやったと言う充実感、自分なりに誠意を尽くしたと言う満足感の後に、安心して緊張を解除した時でしょう。緊張は、活動する為に必要な意識活動です。そして緊張の後には、全ての集中や欲望を解除して、神に戻る時が必要です。これが意識的瞑想の時間であり、真の喜びはここから得られるのです。

リラックスや瞑想は、交感神経が働く充分な活動があってこそ成功します。反対に活動ばかり続けていると、どんなに優秀な人でも、霊的に成長する事はできません。その人は魂こそが人格を成長させる事を知らないので、謙虚さや信仰心が不十分になり、瞑想や祈りの必要を感じないのです。この世的には評価を受けても、魂との関係で真に成長しているかは疑問です。

瞑想を成功させる為には、日々の生活で、人々の為に働いて尽くす事が前提です。世界の為に、尽くすからこそ、瞑想で自分から離れる時間が大切になり、魂はその人に能力を与え改善を示唆するのです。

また、冒頭に書いた緊張による失敗も、瞑想で自分から離れる練習をし、実際的活動でチャレンジし続けていれば、次第に克服できるでしょう。自分から離れれば、心配や恐怖による緊張は薄らぎ、目的に集中し易くなるからです。

人は一瞬にして変わる事はできません。忍耐強く、少しずつ、しかし確実に続ける事で変わっていきます。間違いや失敗は、自分を責めるのではなく、気づいた時に訂正し、一歩ずつ、階段を登るように進んで行きましょう。その積み重ねが、健全な瞑想の成功に結び付き、真の成長を導いてくれる事となるでしょう。

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