手紙

MENU
SIGN

Letters
手 紙

手紙:2026-01-23

人格と魂の協力

魂への意外な抵抗

皆さんは、「こうでなければならない」と考える事が多いですか?「〇〇でなければならない」「〇〇すべきだ」と断定する意見は、はっきりしていて信念があるように思えます。魂界に向かう人や、より良く生きようとする人は、カルマの法則や愛の法則を学ぶと、「こうでなければならない」と、自分に義務を課す事が多いでしょう。それは言葉だけみると、真理に沿った正しい態度かもしれません。

ところが、たとえ真理であっても、「こうでなければならない」と思い込む事は、驚く事に、魂に対する大きな抵抗になり、反対に進化を阻害する要因になります。これは意外な落とし穴と言えるでしょう。一見、正しく、必要と思える考え方ですが、何故それが魂に対する抵抗となるのでしょうか。今回は、この観点から、人格の役目と魂との関係について、考えてみようと思います。

「こうでなければならない」と言う決まり事は、物質を扱う科学の世界では、法則や取り扱い方などでは多くあります。原子力などは、扱い方をいい加減にすれば、悲惨な事故に繋がります。しかし、最近の研究では、医学や科学の世界でも、違った関連や方法、新しい法則などが見つかって、今までの規則や考え方が、大きく覆され始めています。過去に正しいとされていた事が、間違いであったり不十分だったこともわかってきています。

更に、人間関係では、正しさを断定的に主張すると、たとえ上司であっても部下との関係が悪くなります。このような変化は、時代の特性と人類全体の進化から引き起こされ、今まで当然だった事が否定される事態となっているのです。

人格の適応力

今、私達に求められる能力は、変化に合わせられる「適応力を鍛える」事です。人には、個別の人格と、進化に基づいた魂と言う二つの存在があります。人格の優れた特性は、「適応力」です。適応力とは、変化する物質界で活動する為、目的や環境に合わせて、臨機応変に変われる知的能力です。人格の最終目標は、高度な魂の目標に合わせて、実際に活動や表現をする事です。しかし、そうなる前に、物質界で自由に変化し、様々な能力を発揮する練習が必要です。多様な人、変化する状況、次々と起こる問題などに、自分で考え、的確に対応する能力を鍛え上げないといけません。

現在は新しい周期の始まりで、古い形態が壊され、新しい霊的質料が、新たな創造を始めました。その影響で、人が好むかどうかに関係なく、あらゆる分野で刷新が起こっています。私達は、その現象に対して良し悪しを議論しますが、重要なのは、その背後に働いている新しいエネルギーに気づく事です。背後にある大きな潮流を理解せずに、分かり易い一部分を切り取って、こうあるべきだと断定すると、時代精神の変化と方向を考える事ができません。「こうでなければならない」と決めつける事は、物質的な形だけに捉われる考え方なのです。

今や複数の仕事をし、趣味も楽しみ、一人の人が多様な顔を持つ事が普通になってきています。これは、人格の適応力の幅を広げ、異なる視点を理解し、自由に変化する訓練になっています。「こうでなければならない」と、断定し信念を持つと、意識を狭めて変化を拒む事に通じます。また、そうでない人や自分に対しても否定的になり、包括性のある魂の光が通過しない固さを作ってしまうでしょう。

人は自由意志で育つ

更に、「~でなければならない」と断定すると、二つの理由で人の進化が邪魔される可能性があります。一つは、相手も自分も抑圧し、自由な意志の芽を摘んでしまう事です。人は、自分の意志で決めた事を実行し、初めて成長します。たとえ一般的に良い事であっても、強制的に押しつけた場合は、自分も人も、人格は成長しません。何故ならすべき事をと決めつけると、本当は心が楽しめず、考える事を止めた状態であっても、気づかないからです。人は、喜んで活動した事だけが身になります。と言うのも、体と心と頭が協力して、一つの方向を目指している時だけ、人格が変化するからです。

二つ目は、人は「熱によって変化する」のに、熱量を奪ってしまう事です。無意識に心を抑圧し思考を停止している状態では、人格の中から「熱」が生まれません。人格の中にある体と心と頭が、相互に協力し合い、一つの目的に集中する中で、三つの世界が混ざり合って発熱し、融合していきます。これは料理に例えられ、バラバラな素材に熱を加えて変化させ、味が一つにまとまるようなものです。人の中にあるバラバラな世界を、自主的に選んだ目的に向かって進むと、摩擦の熱が生まれ、化学反応が起こります。この熱こそが、新しい自分を生む力になります。

霊的な化学反応で生まれた熱が、自分を変え、魅力を生み、周囲に影響を与える力になります。一生懸命取り組んでいるのに、自分が変わらない、人とも上手くいかないと悩んでいる人は、その活動で内的な熱が生まれているか、考えてみましょう。まずは、小さな事でも喜んでできる事を選び、心や体を上手に協力させて活動してみましょう。

魂に対する信仰心

私達は、魂と繋がる前に、体と心と頭を統合し、自分の中にある可能性を引き出す必要があります。しかし、その統合は、無理やり強制してできるものではありません。たとえ利己的な目的であっても、達成する最中に、自己統一、献身と努力、集中と持続力を培えば、それだけでも価値ある成長と経験となるでしょう。

人は間違いを犯すものです。目的に誤りがあり、利己性が潜んでいる、方法が未熟であるのは当然でしょう。しかし、その事を恐れてはいけません。失敗をせずに進化する事などできないからです。失敗や間違いがあっても、自分が意志し、自分で考え選択した場合は、潔く認め、直ちに方向を修正する事ができるでしょう。

利己的であってはならない、自分を統合しなければならないと言うのは、裏を返せば、そうしなければ魂に至らないと言う恐れであり、善き人格で魂と繋がりたいと言う強い欲望の表れでもあります。この想いの塊が、魂に対する抵抗となっている事に気づく必要があるでしょう。

魂は、利己的であっても、そこまで懸命に取り組んだり、力のある人を放っておく事はありません。今度は、意識の方向性を正す為に、別のチャンスを与え、更に深く考えるように仕向けるでしょう。そして、人は拒絶しない限り、どんなに時間がかかっても、必ず愛の方向に目覚めるものです。

強制や断定ではなく、自分と上手に対話し、魂と協力する関係を目指していると、人は意識こそが愛である事を発見します。愛は全ての中から、潜在している力を引き出します。自分の中で愛を発見した人は、周囲にも愛ある関係を拡大していきます。そのようにして、愛の関係は世界に広がっていくでしょう。

TOP