Appearance the soul
魂の表れ
2016-10-28
向上心
①自分を駆り立てるもの
「私はこのままではいけない」、人生の中で何故かこのような思いに突き動かされ、次への行動へと駆り立てられた人は多いのではないでしょうか。このような思いは、危機に陥った時だけでなく、何も問題ない平穏無事な時でも、湧いてくるものです。生活に困っている訳でもなく、文句を言われた訳でもないのに、自分を掻き立てるこの思いは、一体どこからやって来るのでしょうか。
人間は、霊と物質の融合で生まれた生命体です。物質=人格が、高度な霊と完全バランスを取る事で完成します。ところが人格は未成熟なので、霊を充分表現する事ができません。人間は無意識にその事実を知っています。特に人が自立した精神を持って歩み出すと、現状に満足せず、状況を突破して向上しようとする意志が湧いてきます。今までの自分とその環境を脱出して、限りなく向上していく、この闘う意志と力は、紛れも無く魂の力なのです。
②自分の制限と闘う
芸術家が作品を創っては不満を覚え、また新たな創造を繰り返す姿は有名です。この姿勢は霊に向かって限りなく向上していく人間そのものを象徴しています。私達は本質的に、誰もが霊的な芸術家なのです。永遠に満足する事無く続く闘いは、人間の宿命でもありますが、人は一体何と闘っているのでしょうか?自分の怠惰な意識、いい加減な妥協、頑固な固定観念など、進化を阻害している様々な自分自身の制限です。「このままではいけない」と言う思いは、今までの枠組みに限界と窮屈さを感じ始めた魂の衝動なのです。
どんな人でも、肉体を持って活動している間は、何らかの制限の中に生きています。肉体や環境だけでなく、理想や正義、美、自分に対する観念、感覚など、人は拠り所となるこだわりの価値観を持っています。これをある特定の映画を映すスクリーンの枠組みだと考えてみて下さい。
人はある一定期間、スクリーンが映し出す映画内で過ごし、安住します。その間は、枠組みが映す映像は素晴らしく思え、生活している自分に満足できます。この間に枠組みで制限されている命が経験を積み、成熟していくのです。
ところが人間の素晴らしさは、枠を突破して命をより広く、高い場所に解放する強さがあるところです。その映像がどんなに優れていても、より大きな世界から見ると、個人的で制限された枠組みです。命が成熟すると、今までいいと思っていたスクリーンの映像が、窮屈で、不完全、つまらないものに思えてきます。人は一定の周期で、満足と不満足を繰り返し、何回も枠を壊しては、より高みへと向かい、人格を魂の望むものへと近づけていくのです。
③素直な向上心
さて、人間には向上心が弱くなる時があります。スピードが鈍り、方向が不明確になると、惰性が心地よくなり、新しいものを受け入れたり、今までのスタイルや環境、考え方を壊すのが億劫になります。変わる事、向上する事が嫌になるのです。これを続けていると、枠組み自身が生きるようになり、非常に頑固で排他的、非常識な価値観が当たり前になっていきます。枠組みと違う意見には猛反発するか無視するようになり、他の意見に耳を貸さなくなってきます。このような反応は、魂の光が届かなくなっている危険信号なのです。
年を取ったら誰でも頑固になる訳ではありません。魂の方向に意識を向け続ける人は、いつまでも素直な向上心を失いません。年齢や体の老化が、その人の向上心を阻む事はありません。なぜなら、それは魂の力であり、物質的な制限を受けないからです。素直に学ぶ姿勢、続いていますか?年齢のせいにして、惰性と頑固が勝っていませんか?この点こそ、第三者の目で自分を見て、厳しくチェックして下さいね。