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手紙:2021-03-12

光と包括性

正義感と美意識

皆さんは人から正義感が強いと言われた事がありますか?あるいは強い美意識を持っている方でしょうか?私達は多少なりとも、正義感や美意識のような価値基準を持ち、自分で判断しながら生活しているので、これらが無い人は寧ろ少ないでしょう。今や個人が随分進化したので、個々の人がそれぞれの考え方、価値観を持つ事は当たり前になりました。

一般的に「正義感」「美意識」と言うと、常識的には美徳であり、個性的で意識が高い人として捉えられています。しかし、更なる進化の道から考えると、これらが意識活動を大きく制限し、進化を阻害している場合があるものです。しかも最近では、信念を持って取り組んできた結果、望まない事態となる事も多いものです。良いと思うからこそ貫いてきたのに、何故問題が起こるのでしょうか。

新時代と言われる水瓶座の時代には、柔軟性と高い適応能力が必要です。その背景には、全ての物質の質を高める博愛、広い愛に基づいた「包括力」が求められているからです。正義感や美意識は生活するのにある程度必要ですが、それが強い信念や、固まった概念になると、包括力が狭くなり、適応力や愛も低下します。

新しい時代に生きる時、人は今までの正義感や美意識を、変えなければならない場面に出会います。今回は、何故美徳でもある意識が、反対に制限となるのか、その仕組みや理由を考えていきたいと思います。

枠組みの力

正義感や美意識は、時代の進化に従って、新旧が交代していきます。その為、以前の時代に重要だった価値観が、余り重要ではなくなり、新しいテーマに基づいた価値観が登場してきます。勿論、そう理解すれば、多くの人は変えなければならないと思うはずです。ところが、強い美意識や正義感を持っている人は、自分がそうだと認めにくい傾向がある為、価値観を改めたり、壊したりする事ができにくくなります。

これには二つの原因があります。一つは、理想が高く完璧主義なので、それに比べて自分はまだまだで、そこまで強いとは感じない為です。二つ目は、根底に自分の考えと感覚に対する信念と依頼心がある為、変えると自分を失うような気がするからなのです。このような理由から、人に指摘されても、自分を顧みたり、考えを変えようと言う意識が薄くなってしまうのです。

正義感や美意識は、「意識の枠組み」と言う形があり、枠組みは知性と感性が混じり合って出来ています。この枠組み自身は力があり、正義感や美意識を本人が考えたように感じさせます。つまり、正義感や美意識は、枠組みが出来上がった時、直感的に与えられるものであり、大抵本人が思慮深く考えて出来上がったものではありません。

更に、一旦出来上がってしまうと、それこそ意識を枠にはめ、絶対的に正しいと思いこませます。同じように感じない、考えない人がいても、賛同しない人が間違っていると捉え、断定の基準にはなっても、考えるチャンスにはなりません。寧ろ、違う考えを排除したり攻撃する場合もあり、自分の意識を点検する方向には向きにくいでしょう。これらの理由で、自分の意識を検討しにくく、そうであると気付くのに時間がかかってしまうのです。

光を当てる魂

現在は、世界全体の振動率が高く、速くなっている為に、物事の結果が早く出る時代です。裏を返せば、何事も固まり易い時代と言えます。つまり、意識も何らかの固定概念を持つと、その枠組みは明確になり、強く固まって、最後は物質と同じように、崩壊する運命となります。

元々、人間の未熟な知性で考える正義感や美意識は、神の法則から見ると、最初から正しいものではありません。加えて、不完全な物質界の現象は、まだまだ発展途上であり、どんなに完璧であっても、更なる修正が必要です。こうでなければならない、そうあるべきだと考える私達の美意識は、どれもこれも不完全である事は明白です。ですから、自分の価値観に固執して気付かずにいると、意識の進化は止まってしまいます。理解も包括力も低下し、物事を広く享受する感性さえ、制限されてしまうでしょう。

魂は物質界と言う暗闇に、光を当てるのが使命です。光を当てると、その対象が良く見え、何故それが存在するのか、どうしてそうなっているのか、やがてどうなるか、存在意義が見えてきます。新しい時代の博愛とは、全ての世界に光を当てる事であり、物事や人の本質を見て、理解する事から始まります。 意識に枠組みが出来てしまうと、枠組みに入らないものは、見る事も理解する事もしなくなり、魂の光を当てるチャンスを失ってしまうでしょう。

枠組みの発見

価値観を持つ事は、社会生活やその場の判断、一定期間の意識の進化には必要な事ですが、本質的には、枠をはずして光を当てる見方の方が遥かに重要です。反対に、枠があるからこそ、光の流入が阻まれてしまい、あらゆるものに存在している真の価値観を見失ってしまうものです。

進化とは、意識を縛っている枠組みを発見し、破壊する事で光が多く流れ込んでくるプロセスです。私達が目標とする魂でさえ、進化し続けているので、次々と新しいテーマにチャレンジしています。ずっと同じ価値観で固定されている訳ではないのです。この点から考えても、人の美意識や正義感が絶対的であるはずがありません。私達は、もっと謙虚になれば、自分が拘っている価値観より、理解と包括性の方が遥かに重要だと気付くでしょう。

では、自分の枠組みを発見するには、どうしたら良いでしょうか。その為には、人の中に出て行き、人と組んで働いたり、活動する機会を持つべきです。そして、考え方や価値観の違いを知れば、枠組みの発見に繋がるでしょう。

更に、違いを知った時、自分の反応を点検してみましょう。違いに興味を持ったり考えたりするのではなく、不快感や、怒り、心配などの感覚が湧いてきたら、意識の枠組みが自分を縛っているとわかります。その時こそ、より包括的な愛=理解を広げるチャンスだと捉えて下さい。

目まぐるしい変化の時代、私達は日々、大小問わず様々な決断を迫られるので、何らかの判断をしなければなりません。正義感や美意識は、判断を下す時、どうしても必要なものになります。ですから、大事な事は、違う判断もあるかもしれない、時がたてば変わるかもしれないと言う柔軟性を持ち、「これが唯一の結論である」と決定的な断定を避ける事でしょう。

自分を支え、経験を積ませてくれた意識の枠組みも、年月や成長によって、いつかは捨てるべきものとなります。その時、その価値観は私達にとって、正しいものではなくなるのです。捨てる事、壊す事、改める事は、勇気がいる事でしょう。しかし、自分の価値観を何度も捨て、何回も創り直した闘いの中から、魂の強い光が生まれるものです。魂的な包括力とは、まさに度重なる破壊から達成されるでしょう。全ての物質、全ての生命、全ての人が、その光を浴び、理解される事を望んでいる、それが新しい時代の価値観となるでしょう。

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