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手 紙
手紙:2024-12-20
単純さと複雑さ
人生を一言で語る魂
皆さんは、自分の人生を振り返った時、どんな印象を持っていますか?色々な事があったなぁと、多くの人が思われるでしょう。成功した事や、後悔した事、幸せな思い出や思い出したくない出来事など…。「あなたにとって、人生とは何ですか?」と問われても、とても一言では語り尽くせないものでしょう。ところが、魂にとって一回の人生は、「一呼吸」と言われます。つまり一瞬なのです。こんなに苦労して色々あったにもかかわらず、「一呼吸」と片付けられる、一体その真意は、どこにあるのでしょうか。
私達が人生を一言で語り尽くせないのは、物質界に完全に意識を置いているからです。現象界は変化が激しく、一つとして同じものがありません。その詳細を説明し、経験した時の気持ちや考えを語ろうとすると、いくら時間があっても足りません。それに対して、魂は「意味」を重視します。意味とは、「経験のエキス」、つまり、現象や経験の詳細ではなく、それによって人格がどれだけ浄化されたか、知的に考える力がついたか、自分を支配できるようになったかを見るのです。魂は、その人の光の度合いや透明性、統率力を見るので、一瞬で成長と変化を判断する事ができます。
この二つの価値観の差は、一つの大きな法則から生み出されています。物事は、「次元が上になる程単純になり、下がる程複雑になる」と言う法則です。今回は、人生の魂的な価値を理解する為、単純さと複雑さの意義について考えてみましょう。そこに、人生の真の意味を見い出せるかもしれません。
意味の抽出
世界がどんなに複雑になっても、宇宙的な法則は常に単純です。物事の複雑さは現象面の問題で、魂の法則に照らし合わせると、間違いや正解を、簡単かつ明確に検討できます。私達の話が長くて複雑になる理由の一つは心の働きです。物事の変化に沿って、心や感覚は刻々と変わるので、そこに価値を置くと、話は長く複雑怪奇になるのです。それに対し、知性は要点だけを、数字や論理で説明しようとします。心は、筋と骨子だけになると、切り捨てられるように感じ、それを嫌う傾向があります。
魂は、要約する知性より、更に高い意識です。経験の詳細ではなく、経験から得た「精神のエキスを抽出」します。例えば、医者が患者の話をよく聞くのは、共感しているからではなく、情報を集めて病名や原因を考えているからです。人は知的になると、現象の意味を考え、物事を単純に捉えるようになります。更に魂的な知恵のある人は、話をじっくり聞いた後、経験の意義について説明する事ができます。不本意な出来事であっても、背後の働いている法則や深い理解に気付くと、納得する人は多いでしょう。
膨大な経験の量に比べて、魂が刈り取る精神の変化や理解の拡大は、ほんの少しです。それは、鉱山から砂金を抽出する作業と似ています。無意識でいると、尚更収穫は少ないでしょう。しかし、知性が発達し、物事の背後にある「意味」を考えるようになると、現象に対する見方も、人生の価値も変わり、考え方は単純明快に変化します。意味がわかってくるからこそ、経験も選べるようになり、判断や識別も正しくなります。魂にとって、価値ある人生を生きるなら、現象面や感情に振り回されず、意味を理解する努力が必要になるでしょう。
多様性から大きな視点へ
今、世界中で人々が求めているのは、多様性を認める事です。人類だけを考えても、民族や国、才能、生活状況、そして宗教、信条、考え方などは、人の数だけあると言っても過言ではありません。人類の知性が発達すればするほど、人は個性的になり、人生も複雑で千差万別になってきます。人類史上、これだけ多様性が表れる時代は、初めての事でしょう。
多様性とは、まさに物質界の特徴です。物質とは、「産めよ、増やせよ、地に満ちよ」とあるように、無限に分裂し、様々な形と違いを作るのが特性です。物質界の形態には、自己保存本能があるので、そこに留まっていると、個別の主張がぶつかり合い、多様性を認める事は難しくなります。ところが今、人類は多様性を認めようとしています。つまり私達は、個別の形の違いを超え、「人類」としての観点に移行しつつあるのです。それは「グループ生命」の視点です。様々な違いがあっても、私達は「人類」と言う種族の一員です。多様性があるからこそ、補い合い、繁栄してきた事、そして、全ての人が、辛苦を乗り越え生きている人間同士だと認めるのは、形の違いを超えた視点です。
知性が発達すると、人は違いに気付きます。細かい違いを発見し、自分と違う所を強調し、存在意義を際立てるのです。このような現代人の知性は、様々な「差」を認識する事で進化してきましたが、今や限界を迎えました。私達は今や違いから、融合点を探そうとしています。そして、多様な形の中に、共通の生命を見出すと、人は大きな視点に気付くものです。高い視点は、シンプルで美しく、現象界の複雑さを包括できます。私達は、対立の中から、ようやく、魂に通じる道を探し始めたのです。
全体から意味を考える
多様な人類は、これからどこを目指して生きていくのでしょうか。究極を言えば、全ての人の目的は、地球生命が理想とする世界を表現する事です。しかし、その理想は余りにも壮大で、一人の進化した人だけで表現できるようなものではありません。多くの人が理解し、表現する努力を重ね、様々な分野で分担し、人類全体で成されるものです。それには、多くの人の意識の発達と、表現の多様性が必要なのは当然です。
ここから考えると、人類としても、一人の人間にしても、人生のドラマや多様性は、地球の理想を理解し、表現する為の訓練だと言えるでしょう。そうなると、現時点で「私は正しく、あの人は間違い」と勝ち誇っても、進化した未来から見ると、余り意味が無いものだとわかります。どんなに素晴らしく人生を語っても、「人類の進化」や「地球の理想」に意識が向いていなければ、それは現象界の変化に終わってしまいます。
今、長い人生を生きた私達にできる事は、人生の意味を考え始める事です。意味が分かれば、どんな経験でも、関連が理解でき、価値が出てきます。多様に展開したドラマとシーンは、一見バラバラに見えますが、考えるにつれて、パズルのように繫がりが見えてくるものです。そして、パズルが出来上がり、表現された一枚の絵が見えたら、私達はその作者である魂の意図を考える事ができるでしょう。その意図こそ、人生の経験の意味なのです。複雑な体験は、単純な意味を表現する為にあったとわかるでしょう。
考える努力を始める
人は意味を考えるようになると、経験から何を学ぶべきかを理解し、体験も賢く選択するようになります。人生の方向も安定し、何かに失敗したとしても、意味さえわかっていれば、安心して生きられるようになるでしょう。反対に、成功だけが人生の意義ではないとわかってくるものです。
皆さんの人生の意味とは、何でしょうか。魂は、人生を走馬灯のように見ると言われています。もし、私達が魂と同じ視点で、人生をそのように眺められたら、その背後にある意味を発見できるはずです。人生は、一瞬で過ぎ去るものであっても、魂にとっては、必ず抽出した意味があるものなのです。
どうしたら、その意味を発見できるでしょうか。それは、魂の声を聴く謙虚な態度と、意味を発見しようと考える努力にかかっています。答えは必ず魂の中にあり、知る事ができます。真摯に考える努力を始めた人には、必ず援助が得られ、単純で明快な答えへと導かれるでしょう。
世界や人生がどんなに複雑であっても、私達の意識は、単純さの中に生きるべきです。何故なら、人間の意識は、魂から与えられたものであり、意味を理解する事が本質だからです。私達はやがて、人生に自分を送り出した魂の意図を知り、深い愛に感銘を受けるでしょう。そして全ての人が同様に、その愛を受けて生まれてきた仲間であると理解する事でしょう。