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手紙:2025-02-21

勝利の意味

勝ち負けにこだわる

皆さんは、負けず嫌いの方ですか?人は生来、勝つ事に憧れ、執着するものです。スポーツは勝負が明確なのでわかり易く、世界中で熱狂的な盛り上がりを見せます。また最近では、一部の若者の間で「負け犬=ルーザー」と言う言葉があり、人生の勝ち組と負け組を分ける言葉まであります。一方で、「自分に打ち勝つ」と言うのも、人の素晴らしさを表す言葉です。

人間は小さい頃から競争し、小さな事でも、人に勝つ事で自信をつけ、成長する事が多いですが、負けた事で傷つき、生きる気力を無くす事もあるものです。何故人はそんなにも勝ちたいと思うのか、勝つ事にこだわる人間の性質とは、一体どこからやってきたのでしょうか。

動物界では周囲を支配する事が、子孫を残し生き延びる為有利になるので、勝つ事は本能的なものだと考えがちです。しかし、実は「勝利」の意識には、もっと根源的な起源があります。勝つ事は、愛の主である「魂の悲願」なのです。その意識が動物や人間に投影し、人は勝つ事にこだわるようになったのです。とは言え、魂の勝利は、私達の勝ち負けとは大分違います。

魂の悲願とは、気の遠くなるような長い転生を繰り返し、人格を掌握する事です。つまり、勝つのは魂であって、人格ではありません。私達は、全て人格の自分を中心に考え、困難に打ち勝った、誰にも負けたくないと思いがちですが、真に勝つのはたった一つ、魂の存在だけで、人格ではありません。今回は、この根本的な立場の違いを理解し、人生の勝ち負けを、違った視点から考えてみましょう。

自己中心は成長のプロセス

人は成長すると、必ず一度は自己中心的になります。思春期には、強烈な自己主張が始まって、自分が何を感じ、何を欲し、何を考えているかを自覚する事で、独立した自我を作ります。やがて社会に出ると、自分の欲望を満たそうと必死になり、才能を磨き、猛烈に働いて、世の中を生き延びる術を身に付けます。

この間は、人に認められる事、肉体的、心理的、メンタル的に、人より優秀である事が、成長を助けます。切磋琢磨と言う言葉もあり、ライバルがいるからこそ、弱さに打ち勝って成長する事もあります。現在、世界中に個性的で才能ある人々が出現し、人類は多くの人が利己主義のレベルまで成長したと言えるでしょう。

一般的に利己主義は良くないと言われますが、魂は、人間が利己主義になるプロセスを踏ませています。何故なら、それが「人格を教育する最良の方法」だからです。魂にとって、その成果は二つあります。一つは、人格がこの世に適応し活動できる力強さと、表現力を身に付ける事です。二つ目は、利己主義が完全に間違っていると教える事です。

魂は、地球の目的を実現する為、適応力と表現力を備えた人格を育てようとしています。その力で、人はある程度成功を収め、自分の欲望やプライドを満足させる事ができるでしょう。
しかし、人より優秀である事に満足している意識では、力はあっても分離的で愛が欠けています。一時期成功しても、カルマの法則が働いて、最後は病気や問題が発生し、利己主義が生み出す結果を経験します。そして死ぬ時には、全てを手放さなければなりません。利己主義は、この世で勝つ事にこだわる意識が、無益だと教える最短最良の方法でもあるのです。

愛の法則

人に勝つだけの力を持つ人は、物事を達成し、結果を出す力があります。しかし動機が利己的な場合、意識が間違っていると気づくまで、苦い経験は何度も繰り返されます。嫌になる程辛い思いを経験する事で、ようやく人は原因や意味を考えるようになります。方法や環境の間違いではなく、「自分の意識」の過ちに気づく事は容易ではありません。しかし、真の原因を考え始めれば、周囲の人の意識にも目を向けるようになり、初めて、同じ考えの人も違った考えの人も、同等の命であると尊重するようになるでしょう。

魂は、このような意識の転換を待っています。まさに長い転生の中で、待ちわびた瞬間です。しかし魂にとっては、必ず来ると確信しているからこそ、忍耐強く待つ事ができるのです。そこから、ようやく魂は人格と手を結ぶ事ができ、ゆっくりではありますが、「愛の法則」を教えるようになります。人には進化の方向があり、人類は等しく同じ方向に向かって導かれている事を教えるのです。この「気づき」は、魂と人格の意識が、愛で結ばれた証拠です。私達の意識が、それまで気づかなかった事に目覚めるのは、魂の愛に引きつけられた証拠なのです。

魂は、人格を無理やり制圧して勝利するのではありません。自由意志の中で、自由に考えさせ、「意識」が全ての原因を作る事や、背後に法則が働いている事を、自分の力で発見するよう導きます。自分の意志で理解する事で、自ら法則に従うようになり、それが人間の本来であると諭すのです。ゆっくりではありますが、確実な理解が進む中で、人格は、次第に魂を慕うようになるでしょう。これが魂の支配の仕方であり、勝利の方向なのです。

魂の勝利

現代の社会では、知性が高いと、この世で優位に立ち、勝つ事ができるかもしれません。しかしその生き方は、自分がどんなに優位であっても、愛に反応しないなら、進化にとって致命的な打撃となります。愛とは、生命は一体であると教える魂に惹かれる方向性です。この引力は、人類全体を一つの生命体と捉え、人間としての使命を教え、進化に沿った生き方を受け入れさせる力があります。

長い転生の間、私達は魂に抵抗し、勝手な価値観で生きてきました。魂から与えられた優れた知性を利己的に使い、自分の成功を求め、魂に従う運命に無関心だったのです。しかし、魂はそれも一つの過程だと理解しています。その果てに、失敗を経験するからこそ、人はようやく愛を自覚するようになるのです。聖書には、そのプロセスを「放蕩息子が父の元に帰る」と記されています。

魂の勝利とは、個人の自由な意識を保ちながら、分離的で批判的な意識や欲望は、法則から外れていると理解させ、意識を解放する事です。人類は魂から知性を奪い、周囲から資源や生命力を奪って、この世で勝とうとしてきました。しかし今、その行為も意識も、稚拙で破壊的だと感じる程、多くの人の中で愛の意識が成長してきたのです。

少し前に、人類はウィルスに打ち勝つ事を目指し、知性を駆使して世界に協力を仰ぎ、事態の収束を目指しました。そのお蔭で事態は収まり「人類は英知によって、ウィルスに勝った」と宣言しました。しかし、事態が収まった事が、人類の勝利なのでしょうか。魂から見たら、この出来事の勝利とはどんな意味があるのでしょうか。

人生の意義

まず、この特異な出来事が何故起こったか、全人類の意識の観点から原因を理解する事が大事です。直接的な原因はさておき、人類全体の勝手な行動や考え方が蓄積して起こった出来事である事は明白です。次に、この事態を経験し、公衆衛生に対する意識が変わり、学びを生活に活かす人が一定数現れたら、「人類の魂」がかろうじて勝利したと言えるでしょう。もし、何も学習せず、欲望中心の利己的な文化が続くのなら、物質的には勝利したものの、真の意味では過ちが深まったと言えるでしょう。魂の観点からは、意識が問題であり、改めた意識で行動できるか、その支配力が勝利に繋がるのです。

さて、個人の人生を振り返って、人生の実りについて考えるならば、たった一つ、魂の愛が勝利したかどうか、自分に問い掛けてみましょう。この世での成功や達成、人の評価より、どれだけ魂の愛に反応し、その指導や方向性を、謙虚に受け入れられたかが重要です。

勝ち負けとは、周囲に勝ち、自分の価値を認めさせ、この世に君臨して欲望を果たす事ではありません。人間は、勝つ事には反応しましたが、長年意味と方向を間違えてきたのです。しかし時代と共に、魂の勝利は次第に見えるものとなりつつあります。私達は、人類の一員として、勝利の次元を高める事ができるでしょうか。魂の勝利を証明する為に、人類の未来が続くよう願います。

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